公開日:

“業界初”の日本酒を、次々と生み出せる秘訣とは?
研究者・井上豊久が持ち続ける「情熱」と「忍耐」

人事/人物

――研究室(2024年4月より生産企画部)というのは、具体的にどのようなお仕事をされているのですか?井上さんの経歴についても教えてください。



基本的には“世の中にないもの”を作っていく、ということですね。新商品を作る際に、中身をどのように作っていくか。やはり一定の技術が必要になりますので、商品開発(マーケティング部)と連携しながら、私たちが実験して研究して、商品の中身の開発を進めていきます。

私自身は新卒で日本盛に入社して、もう32年。部署異動で製造現場に行ったり、品質管理をする生産管理部に行ったりしたこともありましたが、基本的には研究をずっとさせていただいていて。もう約30年、研究室に在籍しています。



すぐに熱燗が飲める「𤏐酒ボトル缶」の開発に、立ちはだかった2つの壁



――そうした研究の中で、特許を取得した酵母の開発に携わられたとお聞きしました。具体的にどのような研究だったのでしょう?


2017年10月に発売した「𤏐酒(かんざけ)ボトル缶180ml」の酵母ですね。まずこの商品の開発経緯からお話すると、消費者にとって魅力ある差別化された商品を作りたいとなり、社内でプロジェクトが組まれました。企画部門と研究部門で、消費者が望んでいるものや、マクロ的には日本がどうなっていくのかも含めて、徹底的にマーケティングリサーチを行いました。


それで、最終的に4つ「こんな商品を作ろう」と絞り込んだ中に「燗酒」があったんです。それまではコンビニや駅ナカで“温かい日本酒”の販売はなかったので、温かいコーヒーやお茶が置いてある「ホットコーナー」に置けて、電子レンジで温めなくてもすぐに熱燗が飲める商品を作りたいと、開発がスタートしました。


ただ、問題がふたつありまして。ひとつは「メイラード反応」。日本酒の糖とアミノ酸は、加熱されると褐色物質を生み出す反応を起こしてお酒が着色してしまいます。もうひとつは「老香(ひねか)」というたくあんのような独特の匂いが出てきてしまうことです。これが、ホットドリンクとして日本酒を販売できていなかった理由です。



――どのように解決していったのでしょうか。


着色については、やはり原因となる糖とアミノ酸。糖にも色々な種類がありまして、アミノ酸とくっつきやすく、着色しやすい糖もあれば、そうでない糖もある。そうした着色しにくい糖を多く含むようにしたことがひとつと、あとはアミノ酸の量を減らしました。 ただしアミノ酸は日本酒のうまみ成分でもあるので、美味しさは減らさない調整も必要で、難しかったところです。これらは“着色を抑制する技術”として、特許を取得しています。

※当社商品の「上撰」を60℃で温め続けて0日→2週間→4週間



※特許取得の「𤏐酒ボトル缶」を60℃で温め続けて0日→2週間→4週間


さらに「老香(ひねか)」のほうも同時並行で研究を進めまして。その元になる成分は酵母が作ってしまいます。それならば、出さないようにしようというのが新しい開発の始まりでした。老香の研究をいち早く行っていたのが独立行政法人の酒類総合研究所という所でしたので、共同研究を申し込みました。引き受けてくれたら、その酵母が作れるんじゃないかと。酒類総合研究所には快く引き受けていただき、本当に感謝をしています。


ただ、そこからが長い道のりでした。ひたすら毎日酵母を培地で育て続けて、探して、の繰り返しで。求めている性質のものを見つけても、いざ仕込んでみると“発酵しなかった”ということもありました。結果、その数なんと2万4,000個。その中からやっとのことで2つだけ、老香を抑制できる満足の行く酵母を見つけることができました。そこから更に改良を重ね、日本酒造りに使用できるまでには4年もの歳月が流れていました。ただ、やはり非常に嬉しくて「すごいな、やった」って大喜びでしたね。



他社も含め、すべてのお酒で「老香(ひねか)は出てほしくない」



――そこから商品化に向けて進めると同時に、特許の申請も行われたとか。


着色を抑える技術と、老香を抑える技術。これを掛け合わせるのにさらに1年かかりまして、結局発売までは5年かかりました。掛け合わせ自体は数か月で終わっているのですが、そこから大きなタンクで仕込んでもらって、同じように製造できるかというテストを経て、発売ということになります。


さきほど“着色を抑制する技術”で特許を取得したと申し上げましたが、特許の申請というのは発売前に出さなければなりません。発売前の2017年の9月に申請し、2022年の1月に「高温で保存される清酒の製造方法及び保存方法」として、こちらも無事特許として認められました。当社としておよそ30年ぶりの特許取得となりました。



日本酒の定義というのは、酒税法で決められているんですよね。原料も米、米麴、糖類、アルコール、酸味料、アミノ酸と、“日本酒を日本酒らしく守る”ために厳密に定義されている。逆に言うと原料が限られている中で、いかに差別化できる魅力ある商品を作れるかということ。これは日本酒研究の難しさだと思いますし、他社さんも感じていることだと思いますね。



――そうした中で「業界初」のホット専用商品を、狙い通りに発売できた理由を教えてください。



私たちとしてはもっと“ゆっくり、じっくり”腰を据えてやりたいという気持ちもあるんですが(笑)ただ、やはり消費者の皆さんにとって魅力ある、差別化された商品であればいち早く出したいという姿勢で、意識を持ってやっているということでしょうか。企画部門とうまく連携もしていますし、そういった意味でも早く発売できたというところはありますね。スピードというのは重要度が高いです。

ただ、この老香を抑制できる酵母は、日本盛だけに留めていないです。公益財団法人日本醸造協会というところで販売していまして、他社さんも購入することができます。この酵母が一番活きるのは、海外にお酒を持って行ったときだと思うんです。輸出するときは費用面から船便を使うことが多くて、コンテナにお酒を積んでゆっくりと運ばれていく。


すると、やはりコンテナは日が当たってしまうので中が暑くなります。加熱されると老香が発生してしまうかもしれないので、海外の方がそのお酒を飲んだ時に「あ、日本酒って美味しくないんだ」と思われたら悔しい。やっぱり、他社さんのお酒も悪くなってほしくないですし、海外の方にも美味しい日本酒を飲んでほしいので、すべてのお酒で老香は出てほしくないと思っています。



商品は「子ども」のよう…新しくて、魅力的なものづくりをし続けていきたい



――日本酒研究において老香というのは、大きなテーマなんですね。


実際にいま、日本盛でも「𤏐酒ボトル缶」以外のお酒にも、老香が発生しにくい酵母を使い始めています。酵母によって香りや味が違うので、例えば大吟醸で使用している酵母を「育種」と言うのですが、品種改良しまして。結果、以前から使っている非常にフルーティーな香りを出す酵母ととてもよく似た性質の老香が出にくい酵母が作れたので、大吟醸に関しては酵母をチェンジする…といったことを進めているわけです。



日本酒は、酵母や麹菌という“ちっちゃな生き物”で作っているんです。やっぱり生き物なので“機嫌がいいとき”と“機嫌が悪いとき”があるんですよ。一度うまくいったやり方で、同じようにしたのに、違う結果が出ることもザラにある。もう一度やったらもとに戻って「あれ…なんでやったんやろ」って。もう原因を追えないんですよ、不明で済ますしかないという(笑)


それで、求めていたお酒が研究室の中で出来上がりましたら、そこから製造現場に行って、研究室の何万倍という大きなタンクで仕込むわけですが、そこでもまた機嫌が変わる。それまでワンルームに住んでいたのが、急に大豪邸に引っ越しをして緊張しているのか…(笑)そこのスケールアップと言うのは非常に難しい。研究は尽きないですね、面白いです。



――忍耐力というか、根気が大事なお仕事ですね。


研究員は、本当にそうですね。特に日本盛は“業界初”にこだわっているところもあるので、新しいことを作るには根気が必要です。たとえば、1995年に「健醸」というお酒を発売しましたが、これは脂肪肝になりにくいと言われていたイノシトールというビタミンB群の一種を発酵の力で通常の50倍にした商品でした。


現在、2代目「健醸」を2020年に発売していまして、しじみに含まれるオルニチンを多く含むオリジナル酵母を研究して、日本酒開発を進めたんですが、テストとして仕込んだお酒の本数が133本です。ピンとこないかもしれませんが、通常、テストで仕込むお酒の数というのは20本程度なので、6倍以上となります。それでスケールアップに持って行って、商品化にたどり着くというとても根気のいる作業でした。


2015年に「糖質ゼロプリン体ゼロ」の日本酒を発売した際も、業界初でした。これも「糖質」と「プリン体」を両方ゼロにしながら、美味しいお酒にするというのが非常に難しくて。研究員も「もう無理ですわ…難しすぎます」と何度も嘆いていましたけど、「もうちょっと頑張ろう」と言っていたらできたんです。本当に忍耐力。あきらめなくて良かったです。



――そのように苦労して研究されて、商品化できたときの喜びはひとしおなのでは?と思います。



スーパーやコンビニでも、行くたびに探して見ちゃいますね。研究は一人で一気通貫でやっているので、もう本当に「私が作ったもの」「私の子どもがおった!」みたいな感じです(笑)開発のときに機嫌が悪かった子もたくさんいますからね…。


30年間、研究室にいても、やっぱりまだまだです。新しくて、すごく魅力的な、面白い商品を作り続けたい。研究室発信で“すごい商品を作ってやる”という野望も持っていますし、日々「大ヒット商品にしてやるぞ!」という気持ちは常に持ち続けているので、これからもそういう思いで研究を続けていきたいですね。

ストーリー一覧に戻る