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日本酒には“人と人をつなぐ価値”がある
国際事業部・森有人が感じる「日本的価値観」の伸びしろ

人事/人物

――森さんは、中途で入社されたんですね。


前職は化学メーカーで、欧米やインドなど、一貫して海外営業を何十年とやってきました。化学製品は、化学式が一緒なら日本で作ろうが海外で作ろうが一緒なんです。でも、年を取ってくると、仕事に日本人としてのアイデンティティみたいなものが欲しくなってくるじゃないですか。

私、地元が西宮で。そこで日本の伝統産業である日本酒づくりをしていて、「これは今までやってきた海外営業の経験を活かせる仕事があるんじゃないか…」ということで、直接日本盛HP記載の会社のメールアドレスに自分でメールを送り転職してきたんです。日本盛の輸出事業自体は50年以上前からありましたが、ただ当時はまだ日本で売っている既製品を海外に出す、というスタイルが強かったですね。



日本酒の潜在力…「日本食レストラン」とともに


――現在の国際事業部の業務内容を教えてください。


日本盛ですので清酒だけかと思われがちなんですけど、実はそうではなくて。大事にしているのが「日本的価値観」を持った商品を扱うこと。清酒のほかにジンだったり、化粧品だったりを、日系の商社さんや現地の代理店など、様々なルートを通じて、現在は約35の国と地域に販売している部隊になります。


清酒――日本酒というものの潜在力というのはすごいです。

1番大きいのは、海外で日本酒が普及してきているということ。最初に海外の方が日本酒に出会うのは、やはり日本食レストラン。例えばイタリアでいえば、自国の料理が美味しいので、基本は他国の料理を食べないんですよね。外食してもイタリアン。ところが寿司だけは、レストランもデリバリーもあるんです。そして、寿司に合うお酒として、日本酒が認知されるという。それだけ世界的にも価値のある食文化なんでしょうね。


そんなふうに市場が増えていますので、ここ10数年、ほぼ右肩上がりで日本酒の輸出市場は成長しています。特に大きな市場は中国、香港、アメリカ合衆国。受けの良い日本酒というのは国や地域によって違うんですが、あえてお話するなら、“純米大吟醸を冷酒で飲む”というスタイルが一般化してきている。今後も中長期的に、この市場は伸びていくものと思っています。



――海外に出張に行かれたりしても、そうした手応えを感じるわけですね。


最近コロナ禍が明けて海外の展示会などにも行くんですが、最近は海外の日本酒マニアのような方も増えてきていて、インターネットや各地のソムリエ協会などで独学で勉強されるんですよね。それで「生酛(きもと)が良い」とか「山廃が良い」とか「熟成酒が好き」だとか。以前はそうした話はほぼ出てこなかったんです。ただ、やはりまだ世界全体で見ると、日本酒はマイナーなお酒であることは間違いないですから、これは伸びしろがすごいなと感じるわけです。


だから、我々も自分たちの商品を海外に発信しなければと。欧米はInstagram、中国はRED(小紅書)ですかね。ただ、大切なことはストーリーの一貫性。海外の方が日本酒を召し上がるときに、やはり日本のことを思い描いたり想像したりしながら、楽しんで飲んでいただいている。なので、“自分たちのブランドはこうなんだ”という一貫性を持って発信していくのが大事かなと思っています。


「Sakari」Instagram 日本のことを思い描ける投稿で統一をしている


味から“情緒的価値”まで…海外で受け入れられる理由


――そうしたブランドの「一貫性」というのは、確かに商品からも感じます。


「Sakari」シリーズですね。大きなコンセプトとしては、日本人だけで考えずに、市場となる欧米の方々の声を聞こうと。ですので、デザイナーとして起用したのはイタリアのMatteo Modica氏(Sublimio社)。本当に何か月も議論をし続けて、一緒になって作りあげてきたブランドが、この「Sakari」なんです。


一見、すごくコンテンポラリーなデザインなんですけど、ラベルの紙質に和紙を使っていたりとか、西洋的なデザインとの対比で、あえて“左右非対称”にしたり、“曲線”を強調したりと。細かい所も含めてクリエイティブのチームで苦労しながら作りました。それが実って、今年の7月もイギリスの展示会に参加してきたんですが、ブランディングに関しても非常に高評価で。


Webサイトを評価する「Awwwards」からも「Honorable Mention」という賞をいただいたり、デザインに関しても「Packaging Of The World」で評価していただいたり。さらに中身の酒質面に関しても、「TEXSOM INTERNATIONAL WINE AWARDS」など、アメリカのいくつかの著名なワインコンペティションで金賞をいただいていて、味から情緒的価値の部分まで含めて、ご評価いただいているのかなと。


――中国ではボトル缶の日本酒も、すごく人気があると伺いました。


コロナ前の2020年に、「生原酒ボトル缶」の販売を伸ばしたいとなったときに、マーケティング部と一緒に色々と動き始めて。その中でANAホールディングスが出資しているACDさんの力を借りて、その年の6月から天猫国際というECプラットフォームの「全日空海外旗艦店」でテスト販売を始めたんです。すると、11月11日に開催された「ダブルイレブン」というEC通販の祭典で、24時間で5,000本以上の販売につながりました。

日本盛「生原酒ボトル缶シリーズ」の中国EC販売の独占契約を締結|ニュース&トピックス|株式会社ACD (a-cd.co.jp)


要因としては2つあって、1つ目はやはりACDさんの存在が大きかった。中国の消費者視点でしっかり商品の魅力を引き出してくれて、それがネットを中心に若者のウケが良かったこと。そして「全日空海外旗艦店」というお店への信頼性ですね。やはり中国では偽物が多く出回ってしまうので、その不安が取り除けるというのは大きい。


2つ目は商品に特徴があったことです。日本酒のボトル缶という、見た目から明らかな違いがありますし、あとは少量で試しやすい容量ですね。4本セットが一番売れているんですが、少しずつ比べながら、冷蔵庫に入れて、飲んで、またリキャップして…とすごく手軽に楽しみやすいことを評価いただいた。もちろん酒質に関しても、様々なコンペで受賞したお酒ですから、美味しさは前提にあると思います。



海外で、海外の方が“日本を思い浮かべられる”ように


――あとは…「ジン」も開発しているんですよね。


「日本盛という酒蔵がやるなら、造るべきジンって何だろう?」みたいな議論を、「Sakari」シリーズを作ったイタリアのクリエイティブとしていて。で、やはり酒蔵のアイデンティティとして酒粕を再蒸留してアルコールを取って、さらに酒粕を入れて、酒樽に使われる杉材を漬け込んで…と。まさに酒蔵しかやらないような和フレーバーの「Sakari Gin SHUKUGAWA」を作りました。


「SHUKUGAWA」というのは、西宮で皆が親しみのある大好きな「夙川」です。その昔、電力が無い頃は、夙川の水力を使って精米をしていたりと、実はお酒づくりにも関わるすごく大事な川なんです。だからラベルの表側も川のデザインで、裏側では夙川を見てもらえる。飲んでいただいて、口と鼻で味わっていただいた後に、目でも夙川を楽しめますよ――という感じで紹介しています。


味に関してもジンの中では少し特殊な、面白い味になっています。ジンと言えばやはりロンドンですから、当地の展示会で紹介してきたんですが、けっこう好評で自信になりました。海外先行発売という形で、現在はイギリス、シンガポール、中国とあと数か国で販売し、国内でも今年の1月末から販売を始めました。



――本当に幅広く展開されていますが、今後の展望をお聞かせください。


ブランドに大事なことは「ストーリーの一貫性」と言い続けてきましたが、同時にビジネスですので、ある程度結果がついてこないと続けられないんですよね。そしてビジネスには環境要因の影響がすごく大きい。自分たちの行動が影響する範囲というのは、決定要因全体の2~3割じゃないかと思うんです。ただ自分たちができることは、その2~3割の中でいかに最大化できるか?ということ。


冒頭に申し上げたように、「日本的価値観」を明確に持っている酒類や化粧品というのが、当社の得意とするところです。海外で、海外の方が日本を思い浮かべながら、それを感じて楽しめるような商品をもっと提供していきたいですよね。


現代は、ともすれば人と人、人と自然がどんどん離れてしまう時代になっていると思うんです。でも、日本酒はそもそも、歴史と成り立ちを紐解くと“人と人”“人と自然”をつなぐ価値を持った大切な伝統。その価値を日本だけに置いておくのは勿体ないので、海外にもその“つなぐ力”を伝えていく役割を、これからも果たしていきたいなと思っています。

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